「神様仏様は信じない!」非信者の教えの活用法

今日もお疲れ様です。ゆっくりしていってください♪


神様仏様 なんて信じない!私は基本的に信じていません。
でも、こんな私でも知り合いで信じている方がいてお寺にご一緒させてもらっています。
神様仏様 なんて信じない!と豪語する私ですが、何度かお寺にいってお参りを重ねることで、信じていなくても宗教の教えはためになることが多いなぁと考えるようになりました。
今回はそれをご紹介しましょう。

神様仏様 を信じない人でも大いに活用すべき「教え」

活用法1:自分自身を振り返る機会として

宗教には教えがありますね。
基本的にはどの宗教でも、善い行いをしなさいという内容だと思うのですが(信者さんから怒られそうだな^^;)、私は自分自身の日頃の行いを振り返る機会として教えを活用しています。
忙しい、疲れた、寝不足だ、体調が悪い・・・自分の状態を優先してしまうことってありますよね。私はそれでいいと思っているのですが、お寺に来て教えを聞いていると、「あ、あれくらいはしてあげられたな。次はやろう」って思うことが多いんです。
そうやって日頃の行いの中にちょっとした”気づき”を得ることができる。そんな手段として教えを活用させていただいています。

活用法2:心を洗い直す機会として

普段生活していると、自分自身の湧き上がる感情に心が汚れていくのがわかるんです。
「なんで、あの人はメールを返信してくれないの?」
「お金稼いできてやってるのは誰だと思ってるんだ!」
「お前のせいで俺が怒られなきゃいけないじゃないか」
「タバコ吸いながら俺の前歩くなよ、ふざけんな!」
・・・どうです、皆さん心当たりがあるんじゃないですか?
手を合わせて目を瞑ってそういう気持ちになってごめんなさいって言うんです。
そうすると少し心が洗われた気分になるんですね。自己満足なのかも知れないと思うことはありますが、自己満足でもいいじゃないですかヽ(´▽`)/

活用法3:マイナス思考にとらわれなくなる

生きていれば嫌なことなんて掃いて捨てるくらいありますね。失敗や他人の問題に巻き込まれたりとか、本当に自分ではどうしようもないことなど。
落ち込んじゃったときに、こう考えるんです。
「これは、目に見えない誰かが自分になにかに気づいて欲しくて起こしたんだ」
「この悲しみを乗り越えた私にしかできないことが自分の使命なのかも」
ある意味、目に見えない誰かのせいにする。そして、それは必ず自分のために起こしているんだと思い込みます。
そうすることで、マイナス思考からの脱出ができるんですね。結構効果はありますよ。

活用法4:成功しても驕らなくなる

まだ、成功らしい成功はしていないのですが、もし成功したとしてもこう考えるように心に決めています。
「誰かが今までの行いを見て叶えてくれたんだ。」
「他人に目を向ける余裕を与えるために成功をくれたんだ」
自分の実力だと思って過信するくらいなら、次を頑張るためのご褒美くらいに考えたほうが、謙虚な気持ちを忘れずに済みそうだなぁと感じているんです。
まぁ、成功してから悩めよ!っていう盛大な突っ込みを自分でしていますが。

今日のMAMAYOヒント

自分が取り入れたい部分を取り入れればいいじゃない。
 自分が正しく前に進むために利用すればいいじゃない。

まったりと自分のペースで生きる

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<これからもまったりよろしくです>
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